ある感情を背景とした話や,話中での感情の変化に見られるよう,言葉と感情は双方向に影響を与えあいながら,認知活動を支えている。ニューラルネットワークの可視化を通じた,軽度認知障害の人の言語特性について以前報告したが,感情を表す言葉についてはMCIと健常で使用される単語や文脈が異なることが判ったものの,発現する事象が複雑で,言語を用いた認知症のスクリーニングに活用できていない状況にあった。本報では,言葉から推測される心の動きについて,軽度認知障害の人と高齢健常者等と違いが見られるのか分析結果を報告する。
分析にあたっては,乾等の開発した学習済み日本語BERTモデルを,感情強度を付与した日本語データセットWRIMEを用いてfine tuning(微調整)した後,柴田等の構築した対照群付き高齢者コーパスのテキストデータに対し分類予測を行った。
始めに,各質問に対する各話者の応答単位に感情分類を行ったところ,加齢とともに感情強度が低下する傾向が見られ,特にMCIの人ではこれが進んでいることが判明した。また,MCIの人の回答は,各質問の意図する感情から外れる割合が高い一方,基本感情の組み合わせとされる二次感情や社会的情動の方が,感情強度が維持されている事がわかった。
次に,応答中8単語毎に回答者の話中の感情起伏を言語から推測し追跡した。この結果,加齢とともに,主題となる感情や,安定した感情から逸脱する時間が増えることが分かった。この傾向はMCIの人では一層顕著であり,客観的な説明や叙述において,健常者との差異が広がる傾向が見られた。