人工内耳の装用と聴覚の臨床-装用者の“生(life)”をめぐって
"聴覚障害者自身が感じる聴覚や音声、コミュニケーションの意味合いについて、彼らの日常的生の地平から改めてその意義を考察しようと試みた。その結果、聴覚障害とは単に記号や信号としての音が「聴こえにくい」というようなことではなく、声に伴う「生き生きとした情動」や音から感じられる「生命の躍動感」の如き感覚の喪失を意味し、聴覚障害者の存在の在りようそのものを大きく揺さぶるような問題である
修士論文(京都大学・人間環境学)